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備前片上を通る旧山陽道に一kmほど続く坂道がある。この道が葛坂峠と呼ばれている。
いまから435年前の6月、羽柴秀吉の軍勢が主君信長の仇討ちに備中高松大返しを
走ったルートである。それから80年経った1660年代、この峠に旅人が休憩できる
一軒の茶屋が設けられた。 (画像は葛坂峠の頂上近く、紅梅が芳香を放っている)


●お夏の墓

 彼岸に墓参りをする風習は日本独自のものらしいが、何でも煩悩と迷いのこの世(此岸)から
修行如何では悟りの世界(彼岸)へ到達できるという教えに基づく話である。
お彼岸になると仏様を供養することで極楽浄土へ行けるということが先祖代々言い継がれて
この習慣が定着した。

ところで、春のお彼岸に先祖の墓参りは欠かせないが、備前焼の郷<伊部>近くに井原西鶴の
浮世草子<好色五人女>でおなじみのお夏の墓地があると知って立ち寄ってみた。

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お夏の死後、人形浄瑠璃をはじめ歌舞伎、小説、オペラ、映画など悲劇のモデルとなった
実在人物の墓は300年の歳月に風化されて墓石の文字も消えかけている。

 お隣の兵庫県に<菅笠節>という民謡があります。

    向こう通るは清十郎じゃないか  笠がよお似た菅笠が~
    お夏いとしや   こっちゃ向け清十郎  あっちゃ向いても清十郎~   

この唄の背景には、実際に起きた或る駆け落ち事件があります。

播州姫路城下の旅籠<但馬屋>にお夏という美人の娘がおりました。或る時、播磨室津に
ある造り酒屋の息子で美男の清十郎が、訳あってこの旅籠の手代として奉公にやって来る。

このお夏と清十郎はやがて恋仲になってゆきますが、今から355年前の1662年、湧きあがる
情念に理性を失い、二人は船に乗って大阪へ駆け落ちをたくらむが失敗に終わります。

捕らえられた清十郎は、かどわかしの罪に加えお店の小判七百両持ち逃げの濡れ衣(内儀の
誤解による)を着せられて即刻打ち首となります。お夏16歳、清十郎25歳の時のことです。

●お夏茶屋跡

事件後、乳母の許へ預けられていたお夏は、清十郎の処刑を知って狂乱し行方をくらませ、
その後姫路城下において誰もお夏の姿を見ることは無かった。と伝えられています。


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葛坂峠頂上近くに今も残るお夏茶屋跡。屋根に落ちた山椿の紅が往時を偲ばせてくれる。

その後お夏は何処へ消えたのか?何故にお夏の墓が葛坂峠のふもとにあって、峠の頂上に
お夏茶屋跡なるものが残っているのか? この疑問に答えてくださった方がいます。

墓地から300mほど離れた場所にある、真言宗御滝山真光寺の境内を清掃に来られていた
備前市観光ボランティアのご同輩がその方で、「定かではないのですが…」と話し始めた。


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茶屋跡の周辺を彩る山椿の花。

「ありゃぁ1662年のことでしたでせうか、少々頭のおかしくなった若い美人の女性を姫路から
身許引受人としてこの片上の地に連れてきたのは、土地の然る有力者でしてな…」

「この有力者がその女を不憫に思ったからか??或いは話題の美人ということで何かに利用
しようと思ったからか??そこんところは推測するしかありませんのじゃがねぇ」

と、まあそういう経緯からこの有力者は峠に茶屋を設け、お夏を看板娘として山陽道を行き交う
旅人相手の商いを始めたようである。

     彼岸花咲く葛坂道は お夏悲恋の峠茶屋
     お夏いとしや恋一筋に  葛の葉陰に火をともす

     寄らしゃりませんかいのう  おやすみなさんせんかいのう
     団子もござりまするえ  甘酒のまんせんかいのう…

これはお夏茶屋跡に掲げられていた唄の一節である。
それにしても、美貌のヒロインお夏とはいったいどんな女性だったのだろうか?

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この画像は西鶴の浮世草子<好色五人女>の中の一話<おさん茂兵衛>を、1954年(昭和29年)
大映が<近松物語>として映画化した一場面。モノクロ作品ゆえに切ない情感がよく表現されている。


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恋多き画家竹久夢二の作品<みちゆき>他。夢二は子供の頃、阿波徳島からやってくる
人形芝居を好んで見ていた。この作品に<お夏清十郎>のイメージがダブリます。


ところで、葛坂道にあった峠茶屋であるが、お夏が若くて色香ただよう内は繁盛した
とのことであるが、お夏が歳を重ねてゆくうちに旅の客足は次第に遠のいていった。

お夏は70歳を過ぎて没するまでこの地で暮らしていたが、それは哀れな末路であった。
と伝えられている。


     陽は早や西の夕間暮れ   歩む女の哀れなる
     向こう通るは清十郎じゃないか  笠がよう似た
     よう似た笠が  菅の小笠がのう…


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「情熱の 炎となりて 燃えつくす お夏みたま ここに鎮まる」
ここより東方2キロの場所へお住まいだった備前焼作家藤原啓の筆による
追悼碑がお夏の墓地にある。





(画像は2017/3/14撮影)




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この時季は冬ごもりの虫が這い出る頃に当たると言われる。そういえば柑橘類を好んで寄生する
カイガラ虫。これを退治するマシン油は遅くとも3月までには散布せよ!とマニュアルにある。
奴らを必殺する術は冬眠中を襲えということだろうね、きっと。(*_*;


●あのBOOMは何処へ??

 今から15年ほど前、それほど広くもない一般住宅の庭にそれまで見たこともない花庭が出現する。
白い斑模様のジギタリス、清楚な青いデルフィニュームなどが咲く本格的な英国式庭園である。
その華麗な西洋文化を間近に見て多くの人がCulturShockを受けた。

折から空前のガーデニングブームが起こり、競うように珍しい花苗を求めては庭に植えて楽しんだ。
あのブームはその後どうなったのだろうか??ブームの行方が気になる昨今ではあるが…。



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つる薔薇やハニーサックルが咲き乱れていた最盛期2012年5月頃の庭。

●庭を解体する

 実は当方もブームに刺激された便乗組の一人ではありますが、庭づくりに熱中したのは2002年~
2012年の10年間。そして2012年~2016年の5年をかけて、想い出の残る多数の造作物を
丹念に解体し、それらに絡まっていた花木類は全て処分しました。

造作の大きなものは、木製や鉄製のオーナメント、トレリス、パーゴラ等々だが、製作した当初から
解体を念頭にすべて<ねじ釘>対応だったので、分解はあまり苦労せずスムーズに済ませました。
釘一本も残さぬよう毎回少しずつ、解体作業はそれぞれの想い出に浸りながら楽しく出来た。

解体した端材は、防腐剤が効いて再利用に耐えられるものが多く、菜園の囲いにしたり、絵画の額縁や
物置の棚や諸々の木工趣味の材料に使った。


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過って庭を飾っていた造作物の端材は、いま菜園で活躍している。


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造作物中最大だったのが庭のゲート。広軌鉄道が走るオーストラリア製枕木6本を門柱にした。
幅5m奥行1.5m高さ2.5mはあった。画像は満開の<ツリガネカズラ>がゲートを覆う2011年5月頃。


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ゲートがあったのはこの辺りで、枕木6本は菜園の囲いとして今でも健在。


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端材の一部や余ったレンガは、菜園の外塀に再利用。


●GardeningBoomの行方?

  ガーデニングをブームと捉えることには異論があると思う。我が家の場合も決して熱が冷めた
わけではなく、庭の管理と畑作業の両立が体力的に無理になったというのが本音です。

 一般のはなしとして、ある時期に加熱していたガーデニングがそうでもなくなった理由のひとつは、
その後盛んになった住宅ブームがあるのでは?と思われる。低利住宅ローンの長期化が後押しして
いるからで、ガーデンよりもインテリアに関心が移行したのでは?とも思われる。

ガーデニングの愉しみは子育てが一段落し、ある程度時間に余裕ができたご家庭に芽生えるもので、
庭趣味ブームの再来を期待しているところです。


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忽然と姿を現した住宅団地。のどかだった田園の景観も年々次第にその姿を変えてゆく。





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「氷雪融けて雨水温む」がこの時季らしいがそれは北国のはなしで、雪のない当地ではからからに乾いた
菜園の果樹に寒肥を施すのにタイムリーな雨水が欲しいところ。




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温州ミカンには礼肥、元肥、追肥をタイミングよく施し、堆肥と果樹用化学肥料の匙加減で
有田ミカンを凌ぐ糖度の高い蜜柑が沢山生ってくれます。


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寒肥はフィジョア、柿、枇杷、ポポーにも施す。



●納屋で作るドカーン!と元気のもと

後期高齢の仲間入りをした今日まで、疲れ目に点す<目薬>は別にして<内服医療薬>とは一切
ご縁がない。これから先の健康維持を考えたとき、それでいいのか?わるいのか?よく分からない
のですが、なるべく医薬品に頼らぬ妙薬はないものか?と思案していました。

そんなときの昨夏、所属するスポーツクラブの友人から教わったのが<黒にんにく>の作り方。
条件さえそろえば簡単に作れる、というので早速試してみたらその通りだった。以来欠かさず必要分を
作り続けている。

昨今新聞等で盛んに紹介されている<黒にんにく>の効用は、健康パワーの「還元作用」が約10倍、
スッキリとした毎日を応援する成分「ポルフェノール」が約40倍ある、とのことだが昨夏よりこれを
常用してなるほどね、と納得している。


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市販されている小ぶりのにんにく9個を2週間かけて炊飯器で保温する。
これが作り方です。


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作り方の条件で最大の問題点は、保温から3日~5日目に立ち込めるニンニク臭をどう封じるか?です。
これは居宅内ではまず無理な話で、我が家では菜園にある納屋の一角で作るからこの異臭は全く気には
ならない。

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或るスポーツ競技会の賞品で貰った五合炊き炊飯器に、三角コーナー用水切り
フィルターに包んだにんにく9球を入れて2週間保温状態で醗酵熟成させます。
ただし1週間目に上下を反転させています。


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2週間が経ってほどよく熟成したにんにく球。


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これが実物大の「黒にんにく」1球に12片あるので2球分24片でこのボリューム。
黒色に熟成したにんにくは特有の臭いが無くなり、食べ易い甘酸っぱい味覚に変わる。
これを毎朝食後一片だけ食べる。気力いきいき元気全開で一日のスタートが切れるのです。





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今年ももう一か月が過ぎた。帰省した娘と鉾立海岸で拝んだ初日の出はAM7時20分だった。
立春の日の出はAM7時だから20分早くなった。ふと見るともうエンドウが花を付けている。
早朝はまだ震えるような寒さだが、菜園の一角に春の気配がします。


●孫の手

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これもひと月ほど前、カミさんは畑のエンドウに孫の手を差し延べてやった。
注いだ愛情に作物は忠実に応えてくれるから、一時も疎かには扱えないと言う。

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近隣に次々と団地ができて子供たちが増えている。菜園の脇道は通学路で登下校の学童が
大きな声で挨拶をくれるので、孫のようなこの子供たちから大いに元気を貰っているのです。



●防災のインテリア

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大地震に備えて、リビングやキッチンにあるキャビネット類の家具が倒れないように、
金具で壁にすべて固定しました。ところが、このような書架は壁に固定しても重い書籍が頭上に
落下する危険性があります。そこで安全のため、部分的に蓋や囲いで覆う工作をしました。

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湾曲しない新建材の合板は加工しやすく、インテリアとしてもご機嫌なデザインに作れます。
書架は埃が溜まりやすく掃除の手間が省けて一石二鳥です。

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今年になって漸く手のひらサイズの電子辞書を購入しました。この中には書籍にすると
百冊相当分のあらゆるジャンルの辞書が内蔵されていて、便利なアイテムであることを実感しました。
早速、既存の辞書類をゴミ出しにしましたら書架もすっきりしました。
公共の図書館は別にして、一般家庭に本棚は不要の時代がもう既に到来しているようですね。



16世紀宗教絵画の模写

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日本に一点しかないエル・グレコの名画<受胎告知>が出張先の東京上野から
大原に戻ったのは昨夏のことだった。その頃から実物大の模写を始めた。


●岡山発nhkドラマ

昨年1月27日、倉敷を舞台にしたドラマ<インディゴの恋人>がnhkTVで全国に放映された。
このドラマは、<アーティスト・イン・レジデンス>で倉敷に滞在する女性と、その世話役の男との恋物語である。

<アーティスト・イン・レジデンス>とは、将来性ある画家の卵を招聘して作品制作を支援する事業の
ことで、大原美術館は実際に行っている。

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この恋物語はさておき、ドラマには大原コレクションが誇る名画<受胎告知>の実物が登場するシーンが
目を惹き感動するのである。 TVドラマに価値ある絵画の本物が登場するのは珍しいことですからね。

名画は絵の先生である。筆者は予てからこの絵をいつか実物大に模写したいという気持ちがあった。
それは漠然としたものだったが、偶然にもこのドラマのTV画面に映し出された聖母マリアの名画を見て
愈々その気になった。

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今年1月27日(木)、絵画教室の年初プログラム<デッサン>に参加しました。メンバーは当地
芸術家が腕を競う天神山プラザ出展歴あるご常連ばかり。筆者は隅のほうでひっそりと。

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ベテランの先輩が親切丁寧にアドバイスしてくださるので
有難い。

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この日のモデルは、古代ローマの独裁者ジュリアス・シーザーを暗殺した一人、ブルータスの
石膏像(画像左)。と筆者の拙作(右画像)

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裏切り者ブルータスの横に張ったマスクは、何といっても昭和30年代ハリウッド映画を沸かせた
Burt Lancaster(左画像)似であると筆者は思った。
ところが、目と目の間隔に注目して描いた拙作は、同じ聖林のスターKirk Douglas(右画像)に
なってしまった。

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上の二人が共演した1957年(昭和32年)制作ハリウッド映画<OK牧場の決斗>が
想い出される。フランキーレインが唄う主題曲Gunfight at the OK corralも懐かしく、
モデルを見ながら思わず鼻歌が出る。絵画教室の片隅でこんな回想をしながら
絵が描けるなんて、退屈老人にとっては至福のひと時と言える。(^^♪


●16世紀宗教絵画の模写

16世紀末、ギリシャ人画家エル・グレコが描いた<受胎告知>が日本にあることは奇跡だ、と言われる。
洋画家「児島虎次郎」の功績に他ならないことは周知の事実ですが、こんな名画が近い場所にあって
くれて絵画ファンとしてほんとに有難いと思う。

実物大(と言っても拙作はF30号だから本物より少しだけサイズが小さい)模写が完成したのは、昨年の
暑い夏の盛りを過ぎた秋口のことだった。

結局太原美術館に三度通い、本物を目に焼き付けたのですが歳のせいか現場を離れた途端にイメージが
頭の中から削除される。そこでコピー写真を大小二枚購入し、それも参考にしたのです。

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<受胎告知>は、天界から雲にのって地上に降臨した天使ガブリエルが、
マリアが聖霊によってイエスを身ごもることを告げる瞬間がテーマに描かれている。


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天使が右手の指を立てた状態は、マリアへの祝福のサイン。中央の鳩は、聖母が純潔のまま神の子
イエスを身ごもったことを示している。天使とマリアの目線を合わせる表現に苦労した。

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聖母マリアの表情と、夜空を背景に輝く12の星の冠を描く手間は、
その他の部分を描くのと同等の時間を要した。

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模写した<受胎告知>は自作の額縁に入れて、絵画教室秋の作品展に出品しました。
その後、この絵は大きすぎて我が家には掛ける部屋もなく、聖母マリアはイエス様を身ごもったまま
物置の片隅に眠っている。


模写をしながら、本物と比較する度にどうしても真似のできない微妙なニュアンスがあることに
気が付いた。その一つは16世紀末当時の絵具と現代のそれとの品質の違いがあること。

更に絵を描くアトリエの環境ですが、現代のように明るい昼白色の照明と16世紀当時、薄暗い
燭台の明かりが頼りだったこととの違い、聖母マリアの顔が化粧をしない純朴な皮膚を描いた本物に
対して、拙作は現代的なメイク肌の顔になってしまったこと。等によるものだと考えられる。

因みに大原美術館の本物は薄暗い一室に展示されてあり、この絵の場合やはり当時に近い状態で
鑑賞するのが好ましい、と思いましたね。



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